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魔女の宅急便が語るもの~ほうきではなくデッキブラシで~

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最近、魔女の宅急便について友達と深く話すことがあったので、ちょっとここに書いてみようと思います。


私はジブリ映画が大好きで、
ジブリ作品には時間がたった今でも色あせないテーマや意味や教訓があると思っていて、
魔女の宅急便がテーマにしているのは、ご存知の通り「一人立ち」だと思うんです。

ふるさとからの旅立ちと自立、と言ってしまえばそれまでだけど、
そこにはいろんなメッセージが込められていることに、小さい頃から何度も何度も見返す度に気付いてきました。自分なりの解釈だけど。



キキはふるさとの街を旅立って、
住みたい街を探し出して、
はじめて自分と向き合う。

田舎では当たり前だった「魔女は飛ぶもの」という常識は、都会に行けば交通ルールという規則に従い集団生活の一部にならないといけないし、
都会の子は華やかな服と魅力的な遊びを持っていて、黒い服を着て修行生活を送っている自分をそれらと比べて恥ずかしくなってしまったり。

ふるさとに居ただけでは知り得なかった、集団の中の自分と、人と比べるという行為。
そして、迷い。
飛べなくなってしまう。
魔女であるがゆえに特別だと思っていた、そして当たり前だと思っていた“飛ぶ力”と、キキはこの街で始めて向き合ったんじゃないかなと思う。

お母さんに持たされた安心できる大きなホウキも、折れてしまった。
新しい街で、自分だけのホウキを見つけださないといけなかった。

ここでこの映画のすごいところは、
その道具は必ずしも“ホウキ”ではなかった、ということ!!!

キキにとっては、仲間を助けたいって強く思う気持ちが魔法の原動力だったんだろうね。
そしてその道具は、彼女にとっては、たまたまそこにあったデッキブラシだった。ホウキではなく。

デッキブラシで飛ぶ魔女なんて、今までいただろうか。
型破りで、オルタナティブで、
「今あるもの」を利用している点で、その時代にすごく合っていると思いませんか。
飛ぶ方法は何も一つじゃない。
わざわざ昔ながらのホウキを一から作らなくても、今使っているデッキブラシでだって飛べる。

魔女の宅急便は23年前に公開された作品とは思えないほど、
今の世の中にぴったりのメッセージを持っていると私は思います。
映画の舞台も、ちょうど高度成長の日本みたいな、
都会にはテレビが普及し出してたり、オソノさんはインスタントのコーヒーを入れてたり、新旧が入り混じった、過渡期?のような街だしね。


今もし、誰かに与えられた大きなホウキがあるとして、それではそのうち飛べなくなるだろう。
その時、自分なりのデッキブラシを自分で見つけないといけないんだなぁ。
それはすぐそばにあるかもしれない。考え方を変えるだけでいいかもしれない。
それは私が最近とても興味を持っている「茶の湯」の考え方にも通じるし、今の世の中全部に通じると思う。



ところで、魔女の宅急便を語る時に必ず話題に昇るこのこと。
「何故、ジジの声は聞こえないままなの?」
これについては諸説あるのですが、私は「ジジの声は子供のキキの妄想だった」っていう説が一番すきだなー。

新しいものを得る為には、何かを失わなきゃいけないはずで。
キキが新しい街で得たものは、
自分にぴったりの仕事と、新しい仲間と、自分でみつけたデッキブラシ。
そして失ったものは、
お母さんのホウキと、ジジの声。
きっと、ジジの声は失わないといけなかったんだね。子供時代のまやかしだったから。



ちなみにデッキブラシ、あのあとのエンディングでもずっと使ってたから、
貸してくれたおじさんに、貰っちゃったんだろうね。
おじさん、快くくれたと思うなー(*^_^*)笑
人にもらったもので、っていうのも、人と支え合って暮らしてる現代っぽくて、いいじゃない。ねぇ?
by sayakoro21 | 2012-09-17 00:34 | 日々のつれづれ

福岡のデザイナー・イラストレーター、Sayako Tachi が綴る旅と日常のつれづれ。「アンテナのある暮らし、アイデアのある毎日」をモットーに、日々感じたことを残していきます。


by sayakotachi